明大レスリング部OB会より
現在の活動
過去
未来(高校生レスラー諸君へ)
コミュニティ
トップ  >  明大レスリング部のあゆみ  >  黎明編  >  早稲田大学レスリング部・創立 3団体群雄割拠、覇権を競う!
 
明大レスリング部のあゆみ
 
 
早稲田大学レスリング部・創立  3団体群雄割拠、覇権を競う!

昭和6年(1931)
4月18日、早稲田大学レスリング部創立

日本にレスリング・クラブ創設の機が本格的となり、山本千春、八田一朗(早大・昭和7年卒)の両人が中心となり、早稲田大学レスリング部が日本に先駆として創立された。同時に伊集院浩(ラグビー・相撲、昭和7年卒)、五島三雄(柔道、慶大)が積極的に賛同し、それぞれの出身校に呼び掛け、レスリング部の組織作りを推進し、早稲田に追随して明・慶・専が数年後、順次レスリング部を創立する事になる。6月10日、早大レスリング部では、我が国最初のレスリング公開試合を主催した(於・大隈講堂)。
12月、フィリピンレスラー5名来日。早大と練習試合。
早稲田大学レスリング部70年史によれば、『八田は山本らと共に、部の創設に漕ぎ着け、日本レスリング界の先駆として羽搏きを始める…というのがこれまでの定説とされてきたが、実際はかなり異なるようだ…』と八田の行動に疑問を投げ掛けている。八田が庄司彦雄と共に大日本レスリング協会で活躍した時であった。
伊集院浩(昭和7年卒)
日本アマチュア・レスリング協会設立、理事に就任する。

時の日本レスリング界は鼎立していた。
【大日本レスリング協会】
庄司彦雄5段、八田一朗4段の早大生が柔道部を退部してレスリング部を発足。主宰・庄司彦雄
【講道館=レスリング・グループ】
主宰・田口利吉朗6段
【日本アマチュア・レスリング協会】
早・明・慶の3大学が参画
代表・山本千春

斯くて三雄割拠となり、若い熱気が各自の主導権を競い、乱世の観となった。のちに八田一朗は、共に早大柔道部を退部して、レスリングを志した刎頚の同志だった庄司彦雄と決別し、大日本レスリング協会を脱退して、日本アマチュア・レスリング協会に転身した。


昭和7年(1932)
4月22日、日本アマチュア・レスリング協会・創立

日本アマチュア・レスリング協会では、3団体からの独立に備え、日本のレスリング界の統轄、指導、進展を図るための会則を審議し、この目的に提携し邁進する事を申し合せた。山本千春、八田一朗の早大を中心に、宮崎米一(早大)、伊集院浩(明大)、五島三雄(慶大)の主力が合意し、代表に山本千春が就任した。ここに、日本アマチュア・レスリング協会が名実共に創立したのである。(於・工業会館)

第10回ロサンゼルス・オリンピック大会(7/31〜8/7)
 やがてオリンピックを迎えたが、目本体育協会は、3団体では統制団体として公認できず、3団体の協議に委せる事となった。結果、下記の通り代表選手・7名を決定した。

【本部役員兼レスリング役員】今村次吉(体協監事)
【役員】佐藤信一(東京高師OB)
【選手】 〈日本アマチュア・レスリング協会・所属〉
八田一朗(5段・早大・フリー・フェザー級)
宮崎米一(3段・早大・グレコローマン・ライト級)
  〈講道館・所属〉
鈴木英太郎(5段・フリー・ライト級)主将
小谷澄之(6段・在米・フリー・ウェルター級)
吉田四一(4段・在米・グレコローマン・ウェルター級)
  〈大日本レスリング協会・所属〉
加瀬 清(5段・立大・グレコローマン・フェザー級)
河野芳男(4段・明大・フリーウェルター級)
河野芳男(昭和9年卒)
   
昭和8年(1933)
12月21日。早稲田大学レスリング部にてハワイ遠征を行いレスリング界初の外国遠征を挙行した。
(監督八田一朗・以下6名)

 
日本選手団戦績(1932年第10回ロサンゼルス・オリンピック大会)
フリースタイル
フェザー級:八田一朗(アマ・レス)
【1回戦】 VS ファルマキデス(ギリシャ) 判定負
【2回戦】 VS カールソン(スウェーデン) 判定負
ライト級:鈴木英太郎(講道館)
【1回戦】 VS カルバチ(ハンガリー) フォール負
【2回戦】 VS バコム(フランス) フォール負
ウェルター級:河野芳男(大日本レス)
【1回戦】 VS マクドナルド(カナダ) フォール負
【2回戦】  VS レイノ(フィンランド) 判定負
ミドル級:小谷澄之(講道館)
【1回戦】 VS ストクゾン(カナダ)  フォール勝
【2回戦】 VS ヨハンソン(スウェーデン) フォール負
【3回戦】  VS ツンヨギ(ハンガリー) フォール負
 
グレコローマンスタイル
フェザー級:加瀬 清(大日本レス)
【1回戦】 VS シャック(デンマーク) 判定勝
【2回戦】 VS マウドル(チェコ) フォール負
【3回戦】  VS ゴッジイ(イタリア) フォール負
ライト級:宮崎米一(アマ・レス)
【1回戦】 VS カルバチ(ハンガリー) フォール負
【2回戦】 VS   不戦勝
【3回戦】  VS マルベー(スウェーデン) フォール負
ウェルター級:吉田四一(講道館)
【1回戦】 VS カヤンダー(フィンランド) フォール負
【2回戦】  VS ガレカチ(イタリア) フォール負
 

日本選手団:56名(役員13名、選手43名)

レスリングチームは全員柔道3段から6段。
合計32段の7名が出場したが柔道の幻の残滓であった。
小谷、加瀬の2勝のみで、惨敗であった。

 

 

前
日本レスリングの始祖 内藤克俊
カテゴリートップ
黎明編
次
黎明期より陽高く昇る 本学の躍進!

本サイトに掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します
Copyright © 2003-2017  明治大学体育会レスリング部 All Right Reserved.     
Copyright © 2003-2017  明治大学体育会レスリング部OB会 All Right Reserved.