明大レスリング部OB会より
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明大レスリング部のあゆみ
 
 
昭和23年 全日本選手権大会で富永、霜鳥の両名優勝
我が学生レスリングの思い出・・・続き

2、野尻湖畔での初の夏合宿

なんせ大学に入って初めての合宿である。
早速各自1日2合3勺の米10日分を携えて勇躍、野尻湖に向かった。この野尻湖の合宿所は、どういう訳か仲問の1年生の霜鳥が探してきた。名前は忘れたが、湖畔から離れたボロボロの2階建て一軒家の旅館で、1階が入り口と厨房、それに小判型の薪焚きの小さな風呂があった。階段を上がった右手がやや広い部屋で、ここが我々部員の居住する大部屋であり、左手が大先輩達の居住部屋となっていた。

練習場は近くの学校の体育館を借り、マットではなく畳の上に学校から持って行ったキャンバス(と言っても現在のような代物ではなく、軍隊払い下げのゴツゴツとした綿帆布)を敷いて練習を行った。畳の硬さと荒い布目のキャンバスのせいで顔、肩、膝と毎日擦り傷だらけ。毎晩赤チンを塗っても、翌日の練習で再び“因幡の白ウサギ”のようにベロリと皮が剥けてしまう。おまけに硬い畳の上でのブリッジの練習は、ヒリヒリを通り越してガンガンと頭が痛み、大きなフケがボサッと抜けてくる。腹は減るし、体は痛いしと、初めての憧れの湖畔の宿は、あぁー惨めなるかな……。

それに比べ、階段の反対側の部屋では、合宿に来られた清水、鎌田、竹内、村田先輩達が盃を重ねている様子。我々は持参の1日2合3勺の米を旅館で調理してもらっているが、ろくなおかずもなく、1食分のドンブリ軽く1杯の飯を、良く噛んで食べるか、またはガツガツと早く食べた方か満腹感を得られるのかと、いつも議論の毎日だった。食後に表へ飛び出し、近所の果物屋に飛び込んで青リンゴを齧って腹の足しにしたこともある。

ある時、近くの農学校から大八車いっぱいのカボチャを仕入れて来て、昼食代わりに大釜で茹でたことがある。「さあ!今日は腹いっぱい食え」と言われ、我ら一同このカボチャの大群に向かってひたすら突き進んだ。寒冷地のカボチャは美味であったが、塩味だけの調理であり所詮カボチャはカボチャ。丼で山盛り2杯も食べると些かゲンナリしてきたが、見守る先輩達から「日頃、腹が減った、腹が減ったとうるさいお前らは、文句を言わずにもっと食え」と言われ、仲間内で一番腹減らしの和泉がやり玉に上がり、3杯目の挑戦の命を受けた。しかし、さすかの彼も途中でギプアップ。回りの先輩達から「謝れ」と言われ、丼を両手で頭上に捧げ「カボチャさん、カボチャさん。御免なさい」と、彼は苦しげな表情でついに謝った。


〈昭和23年度最上級生部員〉
伊坂孝 (フライ級)
町田聡 (バンタム級)
後藤一明(フェザー級)


昭和23年(1948)
  出来事
  ○ ロンドンオリンピック
  ○ 帝銀事件発生
  ○ 空前のベビーブーム
  ○ イスラエル建国
  ○ 郵便封書5円、2円発売
  流行語
  ○ 老いらくの恋
  映画
  ○ 酔いどれ天使
  流行歌
  ○ 湯の町エレジー


明大レスリング部と日本レスリング界の出来事
5月
東日本学生リーグ戦(春)1部
優勝=早大
明大=3位
9月
東日本学生リーグ戦(秋)1部
優勝=早大
明大=3位
11月
各県持ち回りの第3回国民体育大会。
レスリングは大牟田市で行なわれ、東京都が20点をあげて第1位となる。
12月
全日本選手権が明大体育館で開催。
(全6階級)
フェザー級 富永利三郎 優勝
ライト級  霜鳥武雄  優勝

上左から西村、植木、和泉、畠中、富永、長谷
中左から田口、浅川、竹中、今井勤
下左から今井一夫、矢田、霜鳥
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