明大レスリング部OB会より
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明大レスリング部のあゆみ
 
 
昭和25年 全日本学生選手権大会が今年度より開催される
我が学生レスリングの思い出・・・続き
3、学連創設、そして卒業

私が専門部の3年の時、先代マネージャー伊坂さんが卒業、先代キャプテン矢田さんは学部進学と、共に我々の年代に主将主務を譲り、部内において我々を静かに見守る立場に身を引かれた為、ここに新キャプテン井削と新マネージャー田口が誕生した。普通、各大学のキャプテン、マネージャーは最高学年から選ばれるものであって、レスリング経験3年目の私達は学連内でも異例であったが、他大学の連中はそうとは知らなかった。もっとも富永、霜鳥両名が全日本チャンピオンとなり、実力的にも他大学にひけを取らない存在であったことも影響していたようだ。

当時の学連は当番校制度であり、毎年傘下大学のマネージャーが会計帳簿と試合用のゴングやトス、及び旗を持って引き継ぎをしていた。学連といっても名ばかりで、リーグ戦の他は何の活動もしておらず無力同然。一方レスリング協会は八田会長始め、猪狩、西出、林(政)、匂坂氏と、慶応の戸張氏以外はほとんどが早稲田OBで占められており、他大学の不満は募るばかり。もっともこの時、明治の水谷、慶応の菊間、専修の畠山、の3氏は反八田派"としてことごとく対立していた。別にこの風調に迎合したわけではないが、学連の中にも協会幹部の偏った役員構成に不満をもつ者がおり、当時の日本アマチュアレスリング協会に対して改革要求の抗議文を提出した。これを機に、有名無実であった学生連盟の再編成も急務とされた。

当時、関東のリーグ戦は早大、慶大、明大、専大、立大、法大、中大、拓大、日大、日体大の参加で復興目覚ましかったが、前述のごとく協会のリーダーシップは早大一色であり、他校のOBはまったく入り込む余地がなく、何かと不都合を生じた。そして私が中心となり、早大・服部、慶大・西谷、中大・和田の主力校のマネージャーが音頭を取り、関東学生レスリング連盟の名のもとに各校キャプテンとマネージャーが連名で署名。しかも、これに血判を押した血判抗議文を作り、日本アマチュアレスリング協会八田会長が、当時、神宮近くに経営されていた外苑ホテルに群をなして押し掛けた。

実はその前日、私の独断による効果狙いで、運動部関係の先輩がいるM新聞に、抗議内容と決行日を密かに漏らしていた。当日、M新聞の一隅にこれが記事になって発表されたため、当然、外苑ホテルには協会幹部の方が参集しており、学連の抗議文を受け取ると同時に「一体、君達のこの行動はなんだ?第一、学連の会長か誰であるか知っているのか?会長の許可を得て来たのか?」と言う。
「いや、我々は学連委員として、また各大学の代表として、それぞれの名において血判まで押して持って来たのです」
「それでは、学連の会長は誰か知っているのか?」
「知りません」
「学連の会長も八田一朗であるぞ!」
ウヘー、知らなかった。不覚も不覚。どこの大学でも、戦後ポツポツと復員して来たOBにより部が復活し、メンバー不足ながらリーグ戦に参加する事でいっぱいだったから、そんな古い学連規約など見たことも聞いたこともない。この時初めて、ワラ半紙にガリ版刷りの規約を見せられた。確かに「関東学生レスリング連盟会長八田一朗」となっている。

何と私達は、八田さんから八田さんへ抗議の血判状を突きつけた事になってしまった。しかし、内容的には一応の了解を得ることができ、後日、各大学から協会へ理事を推薦し、良い方向へと進展した。

当日は得意になり、各大学の方々とも別れて駿河合の部室に戻って来ると、サアー大変。部室の中が新聞記者で溢れている。
「君が田口か?」
「ハアー、そうです」
「君はプレスコード違反である」
「何ですか、それは?」
「君は大学生のくせにプレスコードも知らないのか!?」
何と言われても私の知っているコードは、電気かアイロンのコードぐらいである。狭い部室は彼らの煙草の煙と罵声で充満。一時は手のつけようもない程荒れ模様。「知らないならしょうかない、敦えてやろう」ということで聞くと、マッカーサー司令部占領軍第何条とかに報道に関する制約があり、私はそのプレスコードに違反して、1社だけに情報を漏らした罪に該当するという訳である。

〈昭和25年度最上級生部員〉
今井 勤(フライ級)
岡本平治(バンタム級)
伊藤信夫(ミドル級)
昭和25年(1950)
  出来事
  ○ 朝鮮戦争勃発
  ○ 新千円札(聖徳太子の像)登場
  ○ 第1回ミス日本に山本富士子
  ○ プロ野球初の日本シリーズで
パの毎日オリオンズ優勝
  ○ 言論界のレッドパージ
  流行語
  ○ 自己批判
  映画
  ○ 羅生門
  流行歌
  ○ 買い物ブギ


明大レスリング部と日本レスリング界の出来事
5月
東日本学生リーグ戦(春)1部
優勝=中大
戦前に4大学で始まった学生リーグ戦も参加大学が8校となり、新進の中央大学が初優勝。
(2位 明大、3位 早大、4位慶大)
9月
全日本選手権大会
ライト級  霜鳥武雄  優勝
  全日本学生選手権大会
ライト級   霜鳥武雄 優勝
ウェルター級 矢田晧通 優勝
ミドル級   伊藤信夫 優勝
10月
東日本学生リーグ戦(秋)1部
優勝=中大
明大=2位
 
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