明大レスリング部OB会より
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明大レスリング部のあゆみ
 
 
昭和60年 当時の厳しい経験が、今、我々の生活の支えに
 

大学時代の想い出

昭和61年卒
中本増充

まず、写真1枚目同期7名です。
左上から
芳川仁志 (福岡県 築城西高校)
82kg級
栗原芳智 (群馬県 館林高校)
74kg級、主将
川上康久 (福岡県 八幡大付属)
100kg超級
向原英一 (大阪府 高石高校)
68kg級
下段左から
大川巳知男(群馬県 渋川高校)
52kg級
小田善光 (富山県 高岡商高校)
57kg級
中本増充 (福岡県 豊津高校)
68kg級、東日本学連
以上の7名です。
 

昭和60年(1985)
  出来事
  ○ 日航ジャンボ機御巣鷹山墜落
  ○ 阪神タイガース日本シリーズ初制覇
  ○ ファミコン大ブーム
  ○ 企画倒産最悪
  流行語
  ○ おニャンコ、やりがい
  映画
  ○ アマデウス
  流行歌
  ○ ミ・アモーレ


明大レスリング部と日本レスリング界の出来事
3月 ワールドカップが米国オハイオ州トレドで開催。
ソ連、アメリカに次ぎ日本3位
5月 全日本アマチュアレスリング・スーパーチャレンジカップ世界最強決定戦が代々木第2体育館で開催。
 

東日本学生リーグ戦 1部
(青山レスリング会館)
優勝=日体大
明大=5位(1部B)

6月 全日本アマチュアレスリング選手権大会兼世界選手権代表選考会が山梨学院大学古谷記念堂で開催。
8月 全日本学生選手権大会
(駒沢体育館)
  グレコローマンスタイル世界選手権大会がノルウェーのコルボトンで開催。
日本選手はメダルなしに終わった。
9月

王座決定戦
優勝=日体大
明大=4位以下

10月 フリースタイル世界選手権大会がハンガリーのブタペストで開催。
11月 第11回内閣総理大臣杯全日本大学選手権大会が開催。
優勝=日体大
明大=4位以下
<個人戦>
74kg級   大朏 守  3位
 卒業して17年が経過しようとしています。大学時代を振り返ると、私たちは本当にすばらしい経験をしてきました。普通の学生では体験できない事、色々な事が思い出されてきます。

やはり最初に思い出されるのは、一番つらい1年の時の事ではないかと思います。合宿所での1年生が交代で行う食当。練習も授業も休み、朝の掃除とごみ捨てから始まり、朝食の準備、皆の郵便物、銀行そして、夕食の買い出し。皆が練習から帰るまでに3品のおかずとキャベツの千切り、味噌汁をつくる。又、思い出すのは、試合までの減量とか、試合後の納会で吐きながらビール、酒を飲まされた事。

練習では、夏の合宿。さまざまな場所でありましたが、秋田商高校や奈良県、千葉県の誉田農場、いずれもきつかった。しかし夏合宿もきつかったが、特に2月、3月の長期キャンプは地獄でしたね。

本当に厳しい経験が、今、我々の生活の支えになっています。
 
 もう1枚は明大レスリング部創立50周年の記念で行われた、南米のベネズエラ、コロンビア遠征の写真です。笠原教授を中心に田部井監督と2週間くらいだったと思いますが、ロサンゼルスからマイアミ経由で南米に入りました。2日がかりです。ベネズエラでは阿久津先輩にもお会いし、自宅で奥様の料理をご馳走になったと記憶しています。

 このようなすばらしい経験をさせていただいて、大学時代にお世話になった笠原教授、田部井監督、多賀コーチ(当時)、又、先輩方に感謝の気持ちで一杯です。明大レスリング魂で、今も心では、俺は明大レスリングOBだと思いながら、大分の田舎で仕事に励んでいます。

<昭和60年度 最上級生部員>
大川巳智男(52kg級)
小田善光 (57kg級)
中本増充 (68kg級)
向原栄一 (68kg級)
栗原芳智 (74kg級)
芳川仁志 (82kg級)
川上康久 (100kg以上級)
 

 

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